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今:悠々自適な気分。将来:ホンモノの悠々自適。
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 ほんた。今日は「EKIDEN カーニバル 2009 東東京大会in北区荒川」のショートの部に参加してきた。メンバーはいつもの野球仲間ではなく、義理の父と義理の姉と甥兄弟と私からなる親戚チーム。

小学二年生になったお兄ちゃんは、サッカーをやっているのでもともと走るのはあまり抵抗がない。私が東京マラソンに出て完走したという話を聞いて、走りたくなったと聞いたので、ちょうとエントリー受付中だったこの大会のショートの部(5km・3km・1km・3km)に、私・ほんこさん・お兄ちゃん・スポーツ大好きな姉(兄弟からするとお母さんだ)の四人でエントリーしたのだ。

ところが、ゴールデンウィーク明けからほんこさんが体調を崩してしまって、代わりにその弟(幼稚園!)が出ることになった。弟は、お母さんとお兄ちゃんが近所の公園で練習している中、自分だけ応援というのがつまらないと漏らしていたらしいので、代打の打診に即快諾。お兄ちゃんと一緒にサッカーをやっているし、1kmなら平気だろう。ただ、どこで折り返すとかわからないだろうし、伴走として義理の父(兄弟からするとおじいちゃんだ)が走ることになった。もともと1kmを走る予定だったお兄ちゃんは、前日になって未知の3kmを走ることになった。お兄ちゃんは「1km余裕~」と言っていた手前、不安ながらもOKせざるを得なかったらしい(笑)。

朝起きたら左ひざ下に違和感。念のためCW-Xを着用することにした。

天気は晴れ、気温は30度に達するくらいの暑さ。(スタート時に放送で「39度」と言っていた。「いくらアスファルト上とはいえ、29度の間違いだろう」と思っていたが、ショートの部の前に午前中に行われたロングの部のスタート時には35度と言っていたらしいので、実際に39度だったようだ。暑い。)河川敷のサイクリングロードがコースとなるが、コース沿いには日陰になるところがほとんどないので、堤防の上の木陰にレジャーシートを広げた。本当はコース沿いに陣取ることができれば応援もできて楽しいのだが、この暑さでは仕方がない。

私は一区5kmを走る。トイレへ向かうみんなとわかれ、スタート直前の列の後ろに並んだ。

スタートロスは12秒ほどで、しばらくは多摩川リバーサイド駅伝と同様、脇からどんどん抜いて行く。最初の1kmは4分18秒と飛ばし過ぎ。ああ、多摩川リバーサイド駅伝と同じ失敗をしてしまった。しかし今日は半分の5kmだ。何とかスピードを落とさずに行こう。ドラえもん(目の前にドラえもんの仮装をしたランナーが同じようなスピードで走っていたのだ)に負けるのはしゃくじゃないか。(途中でドラえもんを一度は抜いたものの、再度抜き返されて結局勝てなかったのだが。)

1~2kmは4分22秒、折り返しのターンを含む2~3kmは4分32秒。折り返して若干の逆風になったのも減速の原因だが、もうこの頃には暑さに参っていた。8月に走る北海道マラソンがちょうどこれくらいの気温なんだよな、こんなので完走できるのかな、とか考えながら必死で走る。

それでも徐々に減速、4kmまで4分42秒。最初に出た大会である一年前の横田駅伝、あれも5kmなのだが、故障によるブランクがところどころあるとは言え一年間トレーニングしたのに、その記録より悪い記録になるなあ。とか考えながら必死で走る。5kmって必死で走っているうちに終わってくれるので助かるな。

最後の1kmは、例のごとく時計を止め忘れて不明。たぶん5分ジャストくらいではなかろうか。5kmで23分ちょうどくらいだろう。二走のお母さんにはスムーズにたすきリレー。お母さんは当然このような大会の参加は初めて。番号を呼んでくれるわけではなかったので、自分で見つけなければならない中よくうまくいったものだ。

荷物を置いているところまで戻ると少し遠い。三区を走る弟とおじいちゃん、四区を走るお兄ちゃんも来ていたので、そのまま中継所付近で待った。

中継所で待機する他のランナーの隙間から、戻ってくるお母さんを探さないといけない。ところが、私はお母さんの服装をはっきりとは覚えていなかった。四区のお兄ちゃんが「いた!」と叫んだので、三区を走る弟とおじいちゃんを送り出す。ところが、待機するエリアを間違えていたため、たすきリレーがうまくいかず少しだけロス。

それでも何とか送りだすと、さすがに1kmはあっという間、すぐに弟とおじいちゃんが手をつなぎながら戻ってきた。弟がおじいちゃんを引っ張りながら。ちゃんと走りきれるか心配していたが、杞憂だった。

最後、アンカーのお兄ちゃん。初めての大会で走ったことがない距離を小学二年生一人で走るのはさすがに不安だろうと、もう下位になって空いているコース上を一緒に走ることにした(ルール上は小学生の伴走はできないことになっている)。3区1kmの折り返し地点はすぐにあったが、そこから4区の折り返しがなかなか見えず、「もう1km走った?」「折り返しはまだ?」と何度も聞かれる。徐々にペースが落ちてくるが、ときどき抜いて行くランナーに「頑張れ!」と声をかけられながら、一歩一歩走り続ける。

折り返し地点が見えて走らなければいけない距離感がつかめたのか、スピードアップ。折り返してすぐの給水では歩きながら水を飲んだり(そりゃあ走りながら水を飲むのはなかなか難しい)、手をコップに浸しておでこに塗ったりしたが、すぐにまた走りだす。残り1kmを過ぎたくらいで反対側からお母さんと弟がやってきた。弟とハイタッチしてまたスピードアップ。このあたりからゴールまでは声援も増える。特にちびっ子への応援は多い。「お兄ちゃん頑張れ頑張れ!」と声をかけられるたびにスピードが上がる。やっぱり応援は力になるものだ。

ゴールが見えた。さすがにそれまでスピードアップした以上にはスピードが上がらなかったが、ゴール前で二人の大人を抜いてゴールした。小学二年生に3kmはきつかっただろう、よく走りきった!

ゴール後、しばらく給水所でゆっくりオレンジを食べ水を飲む。頭から水をかぶって荷物が置いてあるところへ戻る途中でお母さんと弟と合流。弟の首からメダルがかかっている。ああそうだ、小学生以下の子はメダルがもらえるって書いてあった。近くの係員の人にどこでもらえるか尋ねると、ゴール地点で配っているという。ゴールまで戻ってメダルを受け取り、シロップかけ放題のカキ氷をお母さんから買ってもらい(あらゆるシロップをかけてトロピカルなカキ氷になった)、荷物番をしていたおじいちゃんと合流した。

お兄ちゃんも弟もお母さんも、また是非走りたいのでトレーニングしておくとのことなので、秋にどこかの駅伝大会に誘ってみようと思う。
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 ほんた。

m_top.jpg 東京マラソンの前日に買った、「ランニングベストMATOI」を初めて使った(画像は販売元より拝借)。レースの時には給水所が用意されているので水を持って走る必要はないが、困るのはトレーニングで長い距離を走るとき。ボトルポーチは揺れるし、背中に背負うタイプは飲むたびにバックを下ろすのが面倒。ランニングホルスタータイプのこいつなら、前側下段のポケットにチアパックを入れておけば走りながら水分補給ができる。そう思ったのだ。

結論から書くと、残念ながら当初の目的は果たせそうにない。何とかチアパックは入るものの、走ると上下に揺れてしまう。揺れるたびに肩に負担がかかってストレスになる。

ベルトが調節可能だが、揺れないようにと思ってきつく締めると呼吸で胸が膨らむときにきついし、吸い込んだときに我慢できるほどの窮屈さに合わせると息を吐き出して胸がしぼんだときに上下に揺れる。

途中であきらめて背中に移して走ったら快適。走りながら水を飲めるようなうまい方法はないものだろうか。

さて、香港マラソンも東京マラソンも終わってしまい、何か目標を設定したいところ。というわけで、11月のニューヨークシティマラソンに申し込んだ。東京マラソンで当選確率7倍のところ、ニューヨークシティマラソンは7%(!)らしい。もし当たったら旅行ついでに行こう。それから、8月末の北海道マラソンと11月の湘南国際マラソンにエントリー。しかし、11月のマラソンを何でこんなに早く申し込まなければいけないのだろう。

 ほんた。東京マラソン完走記のつづき。

25キロを過ぎて浅草へ向かう。雨が降り始めたからか、それとは全く無関係か、とにかく空腹感が出始めた。そこに現れた給水ポイントでバナナを配っている。思わず受け取って一口食べてみた。しっかり熟してやわらかく、疲れた体で走りながらでも食べられる。とそこに人形焼!人形焼って速いランナーがみんな食べちゃって私くらいの通過時刻では手に入らないんじゃなかったの?!手を伸ばそうとしたがその手にはさっきもらったばかりのバナナが・・・人形焼を目にしながら、手を伸ばせば届くところまで来ながら、通過してしまった。無念。

浅草が近づくにつれ、向かい風が強くなる。折り返し直前はものすごい風だった。ということは、折り返してからは追い風になる。しかしこの頃にはその追い風すら楽には感じないほど疲れてしまっていた。25~30キロのラップは29分弱。本格的な雨になっているし風もあるし、まだ10キロ以上残っている。サブ4は達成できるのだろうか。最後のエナジージェルを投入。

このあたりから先はもうろくに何も考えることができず、ただペースを落とさないように足を交互に前に出すのを繰り返すのみ。やっぱり「フルマラソンは30キロが半分」っていうのは当たっているな。30~35キロのラップは30分ほど。ペースダウンが止まらないがまだキロ6分をキープできているのは、ここまではアップダウンがないコースだからだろう。

築地から新大橋通りを北上、入船橋の交差点を右に曲がると上り坂に挑んでいるランナーが見える。佃大橋だ。上り坂、といっても先月経験した香港マラソンの終盤の坂に比べたらたいしたことはないような坂だ。しかし、長い。ダラダラと上りが続く。橋の上ではロッキーのテーマを大音量で流している人がいた。雨風が強まり沿道に立っているのもつらいだろうに、これには背中を押される感じがした。とはいえ、背中を押されようが何しようが、この坂で完全にスタミナ切れ。

豊洲付近、38キロ地点の給水所にはこっしーがボランティアで参加していると、事前にデカちゃんから聞いていたのだが、残念ながら見つからなかった。後で聞いたところ二列目にいたとのこと。よたよたと走るのに必死になっていた私には、そこまで探す余裕はなく。東雲のイオンの前の小さな橋ですらかなりこたえる。

35~40キロは34分、キロ七分近くかかってしまった。4時間まで残り12分少々となり、その時点でのペースを考えると残念ながら目標達成に赤信号点灯。4時間切りを目指すランナーにどんどん抜かれていくが、とても着いて行く力など残っていない。歩いているのか走っているのかわからないようなスピードでゴールを目指す。

残り一キロを切ったところで急に少しだけ足が軽くなり、ペースアップ。しばらくの間抜かれる一方だったが、ここからラストまでは周囲のスピードに着いて行けた。

道から外れ、ビッグサイトへ入る。最後に右に曲がってゴールのゲートが見えたときには「やっと終わりか、タイムは残念だけど完走できた」という思いと、意外にも「とうとう終わってしまうのか」というちょっと残念な思いが交錯。放送で「女子野球選手、片岡安祐美さんが間もなくゴールします」とか言っているのが聞こえた。あとで記録を見ると、私の30秒ほど後ろにいたようだ。

軽くなった足取りのままゴール・・・したつもりだったが、あとで自分のゴールシーンをWEBで見ると、不恰好なガニ股でよたよたとゴールしていた。グロスで4時間11分少々、ネットで4時間4分少々。目標の四時間切りにはわずかに届かなかった。30キロ以降が課題だが、走り始めたときには10キロに壁があるように感じたし、その壁を越えると15キロ、それを超えると20キロ、というように徐々にクリアしてきた。ちゃんと走りこめばこの壁もそう遠くなくクリアできるのだろうか。

ゴール後は流れ作業。チップを切り外してもらい、そのチップと交換に完走メダルをかけてもらう。それからスポーツタオルを受け取って、雨に濡れた体をぬぐう。とても気持ちがいい。タオルというものがこんなにありがたいサービスだとは。

果物と水が入った袋、エアーサロンパス、そして預けた荷物を受け取る。このマラソンのボランティアの方々は、みんななんでこんなに笑顔で元気なのだろう。天気も悪いし、もうトップがゴールして一時間以上経っているというのに。本当にありがたい。何かそういう教育の機会があるのだろうか。周りに影響を受けるのだろうか。こんな経験をすると、「ボランティアを義務付ける」とかとんちんかんなことを言った人の気持ちもわからないでもない。

奥へ進んで着替える。左足の甲が痛むものの、CW-Xを脱いでテーピングを外しても右膝は痛まない。アスリートクラブで調達した新シューズ&インソールと、CW-Xのおかげだろうか。

足湯まで用意されているが、この後職場へ直行しなければならず、後ろ髪を引かれる思いで後にする。ここで足湯に入ったら一時間は出られなくなりそうだ。

更衣スペースの出口ではおにぎりまで配っている。新潟のお米で作った、とか言っていた。かなりの空腹で、おいしく頂いた。

走り終えたランナーと、それを出迎える人たちでごった返す中を、駅へ向かって歩く。さっきより雨も風もかなり強まっているようだ。「月島へ行くバスが出る」と案内があったので、ゆりかもめではなくバスに飛び乗る。席に座ることができた。

ちょうどさっき走ってきた区間の反対車線を行く。一番きつかった所だ。相変わらずかなりの数のランナーがゴールを目指し、沿道では応援する人がいて、ボランティアの方が水や食べ物をふるまっている。そんな光景を見ていたら、あと五分で目標達成を逃したことが無性に悔しくなった。また来年も応募してみようか。

このバス、マラソンによる通行規制の影響だろう、遠くないはずの月島まで相当時間がかかった。失敗。

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4:04'11 (2009/03/22 東京マラソン2009)

 ほんた。東京マラソン完走記のつづき。

一週間前の駅伝のときに頭痛が出たので、予防のために水分補給を多めにしようと心がけた。最初の給水では当然のどが渇いてなんかいないのだが、スポーツドリンクコップ一杯をしっかり飲もうと口につけたら思い切り鼻に入ってむせた。ペットボトルの水を受け取って洗い流す。

皇居沿いの沿道ででかちゃん発見!と思ったら浜口京子。アニマル浜口が隣で太鼓を叩いている。このあたりで少し雨が落ちてきたが、程なく止む。

ときどき「OFFICIAL」と書かれたピンク色のビブスを着た人に付き添われて、あるいは囲まれて走っている人を追い越した。たぶん有名人なんだろうが、誰一人としてわからなかった。浅草手前25キロ付近でピンクの集団に囲まれたピンクの若い女性ランナーを抜いたときには「ああ、多分この人が四時間切りを宣言していた安田美沙子とかいう人なんだろう」と思ったが、顔を見ても知らない。全然常識がないな。

日比谷公園は10キロのゴール。10キロの部だとこれでおしまいなのか。これではもの足りないだろうな。しかし40キロ以上走らなければならない私はまだ四分の一にも達していない、というのは逆に絶望に似た感覚に襲われる。

10キロ通過、この5キロのラップは27分少々。キロ五分半弱と予定よりだいぶ早いが、体は軽い。エナジージェル一つ目を投入し、走りながら腕をストレッチ。腕をほぼ直角に曲げた姿勢を続けることになるからだろう、20キロほど走ると腕がだるく不快になることが多いので、予防のため5キロごとに走りながら肩や腕を軽くストレッチすることにしたのだ。これは効果的だったようで、最後まで腕の重さが気になることはなかった。

品川へ向けて南下。この区間、風が向かい風になるかと思っていたがあまり気にならなかった。既に折り返してきたトップ集団とすれ違う。気持ちがよいほどスピードが違う。

日比谷からしばらくセンターライン側を走っていたが、沿道側に車線変更。事前にのざるさんから、この先増上寺付近にいると聞いていたからだ。スタートからここまで、沿道の人が途切れていないというのはすごいものだ。もうトップランナーはとっくに走り過ぎて行ってしまっているというのに。走り過ぎる一瞬の間に、この人垣からのざるさんを見つけることはできるのだろうか。と東京タワーを右手に見ながら考える。

増上寺前まで来てしまった。この周辺は一段と観客が多い。やっぱり見つけるのは難しかったか・・・と思った矢先、ファイターズのユニフォームを掲げているのざるさんを発見!快調に走れていたところ、一層元気が出る。それにしてもユニフォームは目立つわ。こちらからは見つけられたけど、逆にのざるさんからは見つけるのは至難の業だろうなあ。ここで思わずペースアップしたのだろうか、10キロ~15キロのラップは26分少々。キロ5分15秒より速い。少し抑えた方がいいのだろうか、迷いつつ体の調子はいいのでせめてこれ以上スピードアップはしないように気をつけよう。

品川駅手前で折り返して北上。のざるさんは反対側でも応援してくれた。ハイタッチして走り続ける。やはり知っている人から声をかけてもらうのはとても気分がいいし元気が出る。本当にありがとうございました。今度のざるさんが参加されるときには、私が応援に行きます(笑)

15~20キロのラップは27分少々。ペースは悪くないが、ほんの少し足が重く感じ始める。20キロ過ぎでエナジージェル二つ目を食べる。日比谷公園まで戻ってきたが、まだすれ違うランナーが結構いる。歩いている人も結構いて、果たしてゴールできるのだろうかと心配になる。

中間点通過は1時間54分ほど。このペースからちょっと落ちる程度で最後まで行ければ目標のサブ4は達成できる。が、このあたりから天気が怪しくなってきた。雲が厚くなってきている気がする。

銀座は噂どおりのすごい人だった。ここで弘山晴美とすれ違う。芸能人は分からなくても弘山ならわかる。ここから浅草まで北上し、折り返してまた銀座に戻ってくる。先頭集団はとっくに折り返して銀座に戻ってきて、もうゴール前にいるはずだが。南風が強く、すれ違うランナーがみんな顔をしかめている。つらそうだ。あとで私もこの風に向かわなければならないのか。日本橋で右に曲がるときには正面からの突風にあおられる。

さらに、雨がついにまともに落ちてきた。まだ半分過ぎたばかりだというのに。沿道でどんどん傘が開いていく。20~25キロのラップは27分少々。ペースこそ変わらないが、確実に足が重くなってきている。

(つづく)


 ほんた。東京マラソン完走記のつづき。

カウントダウンが始まり、花火が上がり、スタートしたことがわかる。しかし当然、私がいるあたりはほとんど動かない。

三分くらい経っただろうか、ゆっくりと進み始める。とぼとぼと歩くスピードでスタートラインまで。付近にはテレビカメラとレポーターがたくさんいる。みんな握手を求めたり手を振ったりしているが、普段テレビをろくろく見ない私には一体誰なのかさっぱりわからない。

このまま当分進んで徐々に走れるようになるのかと思っていたが、まさにスタートラインに達した途端にばらけて走れるようになる。スタートロスは約七分。石原知事には手を振りつつ、長い道のりのスタートだ。雨が落ちてくるまでにゴールするのは難しいだろうが、苦しむようになる前に少しでも早くゴールしたい。

最初の五キロは団子状態で自分のペースでは走れないだろうからキロ7分ペースと見積もって、その後は当分キロ5分45秒ペース、30キロ以降ペースアップしてサブフォーを目指す、というレースプランだった。所詮フルマラソン二回目の私が描くレースプラン、(帳尻はともかく)結果は全くかけ離れたものになる。まずは、キロ7分と見積もった第一セクションが意外と飛ばせる。間を縫うように走っているわけではないのに、キロ六分より速い感覚だ。

沿道はすごい人垣。テレビで見るマラソンのようだ。ああ、このマラソンも普通にトップランナーがたくさんいるんだっけ。自分が見られているわけではないとはいえ、そんな中を走れるのは悪くない。

スタート直後から、行列ができている仮設トイレが目に付く。大ガードの下では立小便をしている人が複数。よくこれだけの人の前、しかも女性もいるのに平気でできるな。私自身も微妙に尿意を感じるが、香港のときの経験からゴールまでもつだろうと楽観的。

歌舞伎町の前では、どこかの大学の応援団だろう、大学野球や社会人野球を観戦中に耳にするコンバットマーチが聞こえてくる。この頃には体が温まり、寒さは感じない。後半に雨が落ちてきたときにどう感じるかわからないが、少なくとも当面のことを考える限りは半袖にして正解だ。

この後もブラスバンドやら太鼓やらダンスやら、応援なのか沿道の観客の為の出し物なのかよくわからないイベントがコース沿いの各所で行われていたが、応援団による応援というのは励みになるものだ。

一度、持っていたパワージェルを一つ落としてすぐ拾いに戻った以外は順調。CW-Xにはポケットがないので腰に挟んでいた。テープで止めるか迷って、走る前に試してみたら意外としっかりホールドされたので「ナイスアイデアだ」と思ったのに、これ以降全て消費する30キロ手前まで落っことさないよう気が気でないまま走ることになる。

5キロの通過、手元の時計で28分。当初の見積もりよりいいペースで入ることができた。

(つづく)

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